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だから僕はパリが嫌いだ

 僕が初めてパリに足を踏み入れたのはもう随分も前の話だ。まだTGVもなく、今よりも夜行列車が盛んに走っていたように思う。ユーレイルパスを手にした僕はジュネーブから夜行寝台でパリに向かった。財布をなくしたりして、結構疲れていた。とっぷりと日の暮れたコルナバンの駅から列車に乗り込み、リュックを片がけにして、すでに動き始めた列車の通路をたどって、僕のコンパートメントにたどり着いた。ドアを開けようとしたのだが、カギがかかっていて開かない。何度か切符の番号を見直したりしたが間違いはない。で、コンコンとドアをノックしてみた。この4人部屋の上段のベッドが僕の今夜のねぐらのはずだ。

ヨーロッパの旅行は、列車にかぎる。飛行機は、いかにも海外旅行の外国人で、土地の人々とふれあうことが出来ない。昼間の一日を移動に使わなくてはいけない飛行機とちがって、夜行列車を使えば、寝ているうちに移動ができて効率がいい。ユーレイルパスなら、$8位でクシェット(簡易寝台)が取れて1等だから寝心地も良いのだ。

ややあって、カギがはずされ、ドアがあいた。そこにいたのは大きく胸の開いたネグリジェすがたの、女性であった。一瞬どぎまぎとしたが、しかたがない、僕は切符を見せてこの部屋の上段を使う事を告げた。男性の靴も見えたから、ここを占拠していたのは若いカップルであることはわかった。迷惑そうな様子がありありと見えた。カーテンの陰の男に何か言っていたが、僕のフランス語では内容は理解できなかった。それはそうだろう、1等寝台で二人楽しい旅をしようとしたところに、むさ苦しい東洋人が割り込んできたのだ。

 ここは遠慮して、外に出るのが粋な男の振る舞いではないかと思った。だが僕はそんな計らいをするには、疲れすぎていた。上段のベッドによじのぼり、まもなく同室のカップルの事も忘れて眠りに落ちてしまった。目が覚めたときにはもう列車はパリにつき、乗客はだれもいなくて、列車は車庫に向かって動き出そうとしている時であった。あわてて、降りようとして困ったことになっているのに気が付いた。

 僕の靴がないのである。いくらベッドの下を捜してみても見つからない。盗む様な代物ではないから、考えられることはあのカップルが報復に僕の靴を捨ててしまったことである。なんと云うことだ。

 花の都パリに僕は裸足で降り立つことになってしまった。あのカップルを恨むより、むしろ自分にヨーロッパ的な洗練された行動がとれなかったことの悔後が大きい。やけに重く感じる荷物を持って靴屋を探して歩くのだがなかなか見つからない。ばかばかしさと、恥ずかしさが混じった妙な気持ちだった。どんよりと空はくもり、道ばたには犬の糞が目立った。セーヌ川は汚らしいどぶ川であったし、メトロは改札口を飛び越えるただ乗り客に圧倒されんばかりの喧噪であった。第一印象が後まで尾をひく。あの日以来、何度行っても、パリは僕にとってなじみの悪いヨーロッパのまちなのである。
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テーマ : フランス - ジャンル : 旅行

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