スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

クルーズ計画の顛末

旅の計画を立てよう。日々の雑事に追われる毎日は放り出そう。私は考えてみた、どんな旅が私の望むものだろうか? それはクルーズである。クルーズはいい。船旅はもっとも旅らしい旅だ。豪華客船のクルーズを申し込もう。そう思って貯金通帳を開いてみたら、ちゃんとボーナスが入金されていた。これなら十分バルコニー付きのキャビンを予約できる。私には船旅のイメージが出来上がっている。港から出る船は五色のテープで岸壁とつながり、やがて名残を残して果てしない大海原に向かう。バルコニーからテープを投げる、これぞ船旅の醍醐味。バルコニーの無いキャビンでの船旅なぞ考えられもしないのだ。

しかし、パンフレットを見て気が付いた。部屋の種類によって随分と料金設定が違うものだ。窓無しの客室というのは実に安い。バルコニー付きの半額以下だ。同じ航路を辿ってここまで差があるだろうか?食事その他、部屋以外は全く差がないのにである。もちろんバルコニーからテープを投げると言うのは重要なことであり、また航海中に常に窓から景色が見えるのは魅力だ。それでも、よく考えてみれば、窓から景色が見えるのは出航の時だけだ。あとは、ただ水平線の海ばかりになる。陸地が見えた時は、甲板か展望室に行けば良い。急遽方針を変えて、船底の一番安い部屋と言う事にした。無駄にお金を掛けるより同じ予算で2度行けた方が満足度は高い。

豪華客船のクルーズでの楽しみは決して窓から見える景色ではない事に気が付いたわけだ。船内のアクティビティーや食べ物、パーティーを楽しまなくてはならない。中でも、食事はその重要な部分を占める。船長主催のフォーマルディナーあり、カジュアルダイニングあり、ナイトバーもある。クルーズではこれが部屋の料金とは関係なく全て料金に含まれており、基本的に全部食い放題飲み放題になる。船底の安い部屋に陣取り、たらふく豪華に食うというのはお得としか言いようが無い。そう、安い窓なし部屋で豪華客船に乗る。これが、私のやりたい旅なのだ。

問題は航海が何日も続くことである。そう何日もたらふく食うわけにもいかない。飽きてくるし、第一それではメタボになる。料理の内容は豪華と言っても料金に見合ったものであるとも限らない。やはり、材料を船に乗せて運ぶのであり、新幹線の弁当のように、地上の相場から見れば割高になることは否めない。帝国ホテルのバイキングランチのような豪華な料理も5000円程度だからクルーズの食事よりもよほど安い。豪華な食事を楽しむと言うことであれば、クルーズよりも都内の豪華ホテルだ。何日も続くわけではないのでメタボの心配も少ない。クルーズの計画を考えて来たのだが、景色が問題で無ければ、豪華な料理こそが重要である。そう、ホテルダイニング。計画を大きく変えることになるが、これこそ私がやりたかった事なのである。

一流ホテルの食事には雰囲気がある。器も凝っているし、ウエイターの物腰もちがう。こういう所で食べることこそ最高の贅沢と言える。はっきり言ってこちらの方が燃料や運転に経費がかかるクルーズよりも内容的に上なのは当然である。しかし、雰囲気というのもタダで出来るものではない。だからその、分食材などにかけるお金は少なくなるのはやむを得ない。ホテルというのは人を泊めるところであり、お料理を実質として楽しむなら、むしろ料理を本業とするところがいいに決まっている。専門のレストランで5000円出せば帝国ホテルのバイキングよりもはるかに内容のある食事ができる。そう、レストラングルメ。また計画を変えることになるが、これこそ私がやりたかった事なのである。

雰囲気に惑わされてはいけない。レストランは純粋に味である。外見がどうあろうが、汚らしく見えようが、とにかく味が良ければいい。しかし、この味というものは一筋縄にはいかないもので、単に料理の材料や作り手の手腕だけでなく、食べる側の体調とかにまで依存してしまう。おふくろの味などと言うことをいうが、人間は慣れた味をうまいと感じるものである。妙に豪華なものよりも慣れた味というのが一番落ち着く食べ物なのである。物事は本質を突かねばならない。私が計画を立て、やろうとしている事の本質はいったい何なのだろうか。ここまで考えた私は思いついてしまった。そうだ、ラーメンを食いに行こう。また計画を変えることになるが、これこそ私がやりたかった事なのである。

こうして私のクルーズ計画は、今日も横丁の珍来軒にラーメンを食べに行くことで落ち着いてしまった。

スポンサーサイト

テーマ : 旅行の計画 - ジャンル : 旅行

だから僕はパリが嫌いだ

 僕が初めてパリに足を踏み入れたのはもう随分も前の話だ。まだTGVもなく、今よりも夜行列車が盛んに走っていたように思う。ユーレイルパスを手にした僕はジュネーブから夜行寝台でパリに向かった。財布をなくしたりして、結構疲れていた。とっぷりと日の暮れたコルナバンの駅から列車に乗り込み、リュックを片がけにして、すでに動き始めた列車の通路をたどって、僕のコンパートメントにたどり着いた。ドアを開けようとしたのだが、カギがかかっていて開かない。何度か切符の番号を見直したりしたが間違いはない。で、コンコンとドアをノックしてみた。この4人部屋の上段のベッドが僕の今夜のねぐらのはずだ。

ヨーロッパの旅行は、列車にかぎる。飛行機は、いかにも海外旅行の外国人で、土地の人々とふれあうことが出来ない。昼間の一日を移動に使わなくてはいけない飛行機とちがって、夜行列車を使えば、寝ているうちに移動ができて効率がいい。ユーレイルパスなら、$8位でクシェット(簡易寝台)が取れて1等だから寝心地も良いのだ。

ややあって、カギがはずされ、ドアがあいた。そこにいたのは大きく胸の開いたネグリジェすがたの、女性であった。一瞬どぎまぎとしたが、しかたがない、僕は切符を見せてこの部屋の上段を使う事を告げた。男性の靴も見えたから、ここを占拠していたのは若いカップルであることはわかった。迷惑そうな様子がありありと見えた。カーテンの陰の男に何か言っていたが、僕のフランス語では内容は理解できなかった。それはそうだろう、1等寝台で二人楽しい旅をしようとしたところに、むさ苦しい東洋人が割り込んできたのだ。

 ここは遠慮して、外に出るのが粋な男の振る舞いではないかと思った。だが僕はそんな計らいをするには、疲れすぎていた。上段のベッドによじのぼり、まもなく同室のカップルの事も忘れて眠りに落ちてしまった。目が覚めたときにはもう列車はパリにつき、乗客はだれもいなくて、列車は車庫に向かって動き出そうとしている時であった。あわてて、降りようとして困ったことになっているのに気が付いた。

 僕の靴がないのである。いくらベッドの下を捜してみても見つからない。盗む様な代物ではないから、考えられることはあのカップルが報復に僕の靴を捨ててしまったことである。なんと云うことだ。

 花の都パリに僕は裸足で降り立つことになってしまった。あのカップルを恨むより、むしろ自分にヨーロッパ的な洗練された行動がとれなかったことの悔後が大きい。やけに重く感じる荷物を持って靴屋を探して歩くのだがなかなか見つからない。ばかばかしさと、恥ずかしさが混じった妙な気持ちだった。どんよりと空はくもり、道ばたには犬の糞が目立った。セーヌ川は汚らしいどぶ川であったし、メトロは改札口を飛び越えるただ乗り客に圧倒されんばかりの喧噪であった。第一印象が後まで尾をひく。あの日以来、何度行っても、パリは僕にとってなじみの悪いヨーロッパのまちなのである。

テーマ : フランス - ジャンル : 旅行

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。