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旅の記憶----歴史への旅

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旅の記憶----歴史への旅
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下妻紀行

「下妻物語」と言うくだらない映画があったが、田舎町を題材にした映画として話題になった。これといって産業もなく、自治体の汚職事件を繰り返しながら、沈滞していく地方の町の典型である。町外れに砂沼サンビーチというプールとビアスパーク下妻という温泉施設がある。おそらく土建屋の画策した税金山分け行政の結果生まれたものだろう。今回はこのビアスパークに出かけた。

もちろん、平地に温泉の湧き出しがあるわけでなく、この地方によくある汲み上げ循環式温泉施設の一つだが、付属施設は他より整っている。ホテルや研修施設、野菜直売場、体験農園などが回りに広がり散策トレイルもある。レンタサイクルで廻ることも出来るが、まあ、ほとんど利用されていない。観光客の訪れは少なく、もっぱら地元の人々のためのスーパー銭湯と化している。

それはそれで、味があり、大広間休憩室にも湯船にも「だっぺ言葉」が飛交い、部外者にはまるで外国に来ているかのような、意味不明の言語空間が楽しめる。野菜直売は確かに安く、品揃えも悪くない。周辺農民はこんなところでも真面目な努力を積み上げていることがわかる。

入浴料は700円。スーパー銭湯より若干高いが、土日でも同じ値段だから、土日にはむしろ安いとも言える。湯質は単純泉の再加熱だから決して良いものではないが、それでも温泉であることに間違いはない。サウナとか野天風呂とか一応の温泉らしいものがそろっているだけでなく、ここでは「薬湯」をやっており、効能から言えば並みの温泉よりは確実なものがある。

入浴後には休憩室でも付属のレストランでも食事ができる。地ビールが飲めるのが最大の特徴となっているが、実はここでの食事はお勧めの味ではない。外に出れば素晴らしいレストランが近いのだ。にも関わらず、温泉客のほとんどが場内で食事を取るか、外食せずに家に帰る。このあたりが下妻の下妻たる所以だろう。

温泉施設に一番近いレストランは「PePe Rosso」。イタリアンレストランで外観も悪くない。中に入ると受付カウンターがあり、ワイン棚の並ぶ廊下を通って客室に通される本格的なレストランのしつらえだ。調度も、内装もかなり重厚で、広く落ち着いた雰囲気になっている。これは下妻センスでは全くあり得ない。温泉客が流れてこないはずだ。

店の雰囲気とは裏腹にパスタランチは1380円とお手ごろになっている。この値段を聞けば、だいたいスパゲッティにキャベツの小皿とコーヒーがついたものだと思ってしまうだろう。ところがどっこい、ここはまったく違う。最初にハーブ仕立てのサラダの皿が出てきたときに「おやっ?」と思うだろう。次にくるみパンが出てきてオリーブオイルで食す。そのあと前菜が出てくるのだ。この日は鯛のカルパッチョだった。うーん、これは只者ではない。海老を基調としたパスタは.......うまい!。さらにドルチェがとどめだ。自家製のドルチェが6種類も出てくる。本格的だ。最後のコーヒーも決して悪いものではない。

これで値段が1380円とは、あり得ないような話だが、事実だ。ここの他にもこの周辺にはいいレストランがいくつかありレバルは高い。にも関わらす、地元温泉組は温泉施設での天丼やトン汁を好み、決してこういったレストランには行かない。この店もせいぜいデートカップルで多少にぎわいを見せるくらいで、順番待ちの行列が出来たりはしないのである。

温泉につかり茨詭弁を聞き、そしてPepeRossoかWoodFarmでランチにする。それが対比を楽しむ下妻の旅を作りあげる秘訣だ。この対比から地方を支配する文化ということについての思索を巡らしてみるのも楽しい。

テーマ : 湯巡り♪ - ジャンル : 旅行

旅の英語

旅の英語

英語は外国語だから、当然日本語のように流暢に話せない。旅に英語のトラブルはつき物である。

テキサスからルイジアナへ車で移動していた時のことだ。仕事の都合でスーツを着て、日差しが強いのでサングラスをかけていた。今思えば、南部では普通のいでたちではなかったようにも思う。多少、ブルースブラザーズ風だったかもしれない。殺風景な国道を走っていて、街道沿いに、いかにもローカルな休憩レストランを見つけた。看板に「Hot Biscuit」と書いてある。ビスケットといえば薄っぺらい小麦粉煎餅であり、お菓子だから、煮たり焼いたりするわけも無く、熱いも冷たいもないはずだ。昼食をここで取ることにして店に入り、興味津々でサラダ、スープと「Hot Biscuit」を注文した。

出てきたのは分厚い固めのカステラのようなパンだった。ケンタッキーフライドチキンが日本に上陸して、こういったビスケットも知られるようになったが、当時僕はそんなものを食べたことがなかった。怪訝に思い、ウエイトレスに「Is this called biscuit?」と尋ねてみた。注文間違いということもあり得た。目はにこやかだったはずだが、サングラスで表情はわからなかったかもしれない。

ウエイトレスは何か急に固まって、マネージャーを呼びに行ってしまった。やがて店の主が現れ、「手前共に何かそそうがありましたでしょうか」などと言い出した。「I just said, "Is this called biscuit?"」と言ったのだが、「お気に召さないということでしたら出しなおします」だとか、わけの解らないことになってしまった。

何度かやりとりをしてやっとわかった。相手は僕の言った事を「Is'n this cold buiscuit?」と聞き取ったのだ。ヤクザっぽい変ないでたちのサングラスの男が、熱々のはずのビスケットに対して、冷えてると、いちゃもんを付けて来たという場面になってしまったのだ。僕は大笑いしてしまったが向こうは大笑いの理由もわからなかった。日本のビスケットはクッキーであり、テキサスではビスケットと言えばこういったKFCのビスケットみたいなものが当たり前なのである。

アメリカは広いので南部と北部で随分と生活習慣が違う。南部では特有の訛りもある。あるとき宅配便を持って来た人に「ガタピン」と言われてまったくわからなかった事を覚えている。何度聞き直しても「ガタピン」なのだ。やっと話が通じて彼は「Got a pen? (書くもの持ってる?)」と聞いたのだ。eが完全に訛ってiになってしまっていたわけである。これだけで、こちらとしては全く聞き取れなくなる。

訛りがあったり、予期せぬ答え方であったりするから、特に旅をしていろと言葉がトラブルになる事が多い。道を聞いても返事がよく理解できない事はままあるだろう。聞き返すのにも限度があり、わからないままで終ることも多い。なかなか解るまで聞き返すなどということは出来ないものだ。

配偶者と2人旅の経験を積むうちに、2人組みで旅行している場合には良い方法があることがわかった。二手に分かれて聞くと言う方法だ。まず相棒が聞きに行き、半分解って帰って来る。その報告を聞いてから、そ知らぬ顔でまたこちらが聞きに行くのである。あらかじめ大体の様子がわかっていると随分と理解しやすい。この方法はかなりの成功を収めた。

言葉の苦労、これもまた旅の楽しみではある。確かに後で思い返して楽しい事の一つだ。

テーマ : 海外旅行 - ジャンル : 旅行

長時間労働は当たり前ではない

長時間労働は当たり前ではない

 少年の頃を思い出す。1950年代、今のように塾通いも無かったし、毎日、草野球や、缶蹴り、模型飛行機で過ごしていた。夕方になって、「カラスが鳴くからかーえろ」と、子どもたちは夕日に照らされて家路に付いたものである。我が家の夕食は6時からに決まっていた。遊びすぎて帰宅が6時よりも遅れると、遅れた分だけ夕食お預けで座禅を組まされるルールになっていた。父は元禅坊主だったからこんな変なルールができたのだ。

 6時からの夕食は必ず一家全員揃ってのものだった。つまり父親は必ずそれまでに帰宅していたのである。職業は医者だったから決して特別に暇な職種ではない。我が家に限らず御近所も夕方には父親の姿があった。薪を割ったり、風呂の水汲みをしたり、それぞれの家で、父親の家事もあった。

 昨今、6時までに帰宅できるサラリーマンは殆どいない様に見受けられる。8時、9時まで働く残業がが当たり前のようになって来ている。実際、残業手当を含めてやっと通常の給料と考えることが多い。しかし、これは決して当たり前ではない。もともと、日本国憲法の下では8時間労働が当たり前の権利だったのだ。

 60年代の高度経済成長以来、日本は豊かになって来たという。賃金は上がり、自動車やエアコンといった嘗ては一部の金持ちしか手に入らなかった物品も多くの人が手にするようになった。しかし、その代償として支払ったものは何だったろうか?

 豊かな暮らしを求める人々が、残業手当を目当てに長時間労働を始めた。労働力も商品であり、需要と供給でその水準が決まる。多くの人が進んで長時間労働をすると、結局、労働力市場は時間単価で言えば長時間労働しないと生活が維持できない水準に落ち着いて行く。長時間労働が当たり前になり、大切な一家団欒の時を失ってしまった。

 そして近年言われていることは、こうして長時間労働を当たり前にしただけでなく、さらにこの賃金が下がるということだ。嘗て、一家に一人働けば生活を支えられた。今では、だんだんに、共稼ぎが多くなってきた。確かに2人で働けばかなり豊かに暮らせる。しかし、良く考えてみると、これで一家の労働時間は倍になったわけだ。先に述べた様に労働力も商品である。需要と供給でその水準が決まる。共稼ぎが当たり前に成れば賃金の水準は共稼ぎでやっと暮らせるような水準に落ち着くのである。すでにワーキングプアと呼ばれる人たちの賃金はその水準になって来ている。

 過去を思い出そう。日本人は8時間労働を当たり前としていた。夕方には父親が家に帰っているのが当たり前だったのである。この事実を忘れてはならない。日本人はもっと労働時間にこだわってもいいはずだ。

テーマ : 雑記 - ジャンル : 日記

本当に役立つ旅の必需品

旅行ブログには旅の必需品を書いているサイトがあるが、大抵の場合ありきたりのリストであり、酷い場合は旅行製品の宣伝であったりする。そんなものはネットで探してまで読む価値はない。ここでは、そういったありきたりの必需品リストにはない、忘れがちなもの、出発前に気が付きにくいもの、役に立つ品を紹介しよう。

1)大型安全ピン
何に使うかというと機内の前面つまり前の座席の背中に物をぶら下げる。座席にポケットはついているが、大抵雑誌などで一杯だし、膝があたるから、例えばメガネなどを入れたら壊してしまう。袋とかメガネとかをぶら下げる安全ピンは実に便利

2)洗濯石鹸
旅に荷物は少ない方がいい。かさばる着替えは少なくしたい。それにはホテルで洗濯するのが一番。問題は一泊の場合、どうやって朝までに乾かすかだ。ホテルには一人で泊まっても何枚ものバスタオル、タオルが供される。これは何のためにあるかというと、「洗濯物を拭くため」である。洗濯した衣類はタオルでくるんで、踏みつけて水分を取ってやる。こうすると確実に朝までに乾く。洗濯石鹸はこのようなホテルでの洗濯のための必需品である

3)テーブルタップ
パソコンのケーブルとかは必ず持つが、意外と忘れるのがテーブルタップないし延長コード。ホテルのコンセントは実は大抵不便な場所にある。ひどい場合には洗面所の髭そり用以外にコンセントの無い部屋もある。コンピュータの電源コードだけでは足りない場合が多い。洗濯物を干す時にも役立つ。

4)磁石
地図を見ても方角がわからないと、とまどうばかり。意外に都会地で役立つ。地下鉄から上がって来たときに方角が解っていることはまず無いからね。

5)アイマスク
これは、ありきたりではあるが、機内で寝られることは出張旅行の時に非常に大切だ。人間は明るいと寝られない。寝られなくともアイマスクで光を遮って静かにしているだけで、睡眠の半分ほどの効果はある。

6)ジャケット
高度が高いと夏でも機外は冬だということを忘れてはならない。夏場に飛行機に乗って薄着のために風邪をひくことは多い。機内持ち込みのセーターとか上着は必需品だ。

7)イヤホン
飛行機の中で配られるイヤホンは最悪の品質のもので、自前のイヤホンなら10倍いい音で楽しめる。特にノイズキャンセリングのものでなくても遮音効果も自前のものが高い。比べて見ると、英語のアナウンスや番組はやはり音質がいいと聞き取りやすい事がわかる。

8)爪きり
こういった小物は忘れがちだが無いとこまる。旅行中は不思議と爪が伸びるし、爪が乾燥して割れることも多い。

9)メガネ拭き
これも忘れがちな小物の一つ。一度メガネのレンズの汚れが気になりだしたらとことん気になるものだ。プラスチックレンズの場合、有り合わせのハンカチで拭いたりすると油膜が広がり返って見えにくくなる

9)スリッパ
歩くのは靴。しかし、一日中靴を履いているのは疲れる。機内やホテルではスリッパがだんぜん楽。いつも。持っていて良かったと思う。飛行機のビジネスクラスでくれる物とかぺらぺらで折りたためるものもあるが、荷物に余裕のあるときはしっかりした物を用意したほうがいい。

10)シャンプー
安宿には石鹸はあってもシャンプーが無いことが多い。意外と石鹸でシャンプーの代用は気持ちよくない。旅先で買おうとしても、大きなボトルしかなかったり、あっても小瓶は逆に高い。上等ホテルでくれる小瓶に家で詰め込んで行くのが賢い。

テーマ : 旅行の計画 - ジャンル : 旅行

昔はみんな正社員

非正規労働が増えていると言う。若者の30%が正規の雇用にありついていないと言うのはいかにも異常だ。振り返って自分が若い頃を考えて見ると、自分も初めて就職したのが二十代も終わりに近づいた頃だったから、フリーター気分を味わった経験はある。1975年当時、27歳にもなって学生であることは白い目で見られた。やっと大学助手として就職が決まり、梅田の地下街を通りかかったらウエイトレス募集の張り紙があって、示されている月給が自分の初任給と同じであることに苦笑した。当時、助手の待遇は今よりも悪かっただろう。

ここで重要なのは助手の月給の安さではなくてウエイトレスが月給であったことだ。当時、時給というような言葉はあまり使われてなかった。ウエイトレスも蕎麦屋の出前持ちも大方正社員だったのだ。パートは半導体工場などで働く農家の主婦など、本当に片手間で一日数時間働く人のためにあった職種だ。それがいつの間にか、8時間労働のパートなどという極端な所まで拡大し、若者の30%が無理やり不安定な非正規雇用に押し込められる異常な世の中になった。世の中は本当に進歩しているのだろうか?確かに全体的には豊かになったが、そのため格差という代償を払ってしまったと言える。

正社員が当たり前、昔はみんなが正社員だったと言うことを忘れないでおこう。

テーマ : 雑記 - ジャンル : 日記

クルーズ計画の顛末

旅の計画を立てよう。日々の雑事に追われる毎日は放り出そう。私は考えてみた、どんな旅が私の望むものだろうか? それはクルーズである。クルーズはいい。船旅はもっとも旅らしい旅だ。豪華客船のクルーズを申し込もう。そう思って貯金通帳を開いてみたら、ちゃんとボーナスが入金されていた。これなら十分バルコニー付きのキャビンを予約できる。私には船旅のイメージが出来上がっている。港から出る船は五色のテープで岸壁とつながり、やがて名残を残して果てしない大海原に向かう。バルコニーからテープを投げる、これぞ船旅の醍醐味。バルコニーの無いキャビンでの船旅なぞ考えられもしないのだ。

しかし、パンフレットを見て気が付いた。部屋の種類によって随分と料金設定が違うものだ。窓無しの客室というのは実に安い。バルコニー付きの半額以下だ。同じ航路を辿ってここまで差があるだろうか?食事その他、部屋以外は全く差がないのにである。もちろんバルコニーからテープを投げると言うのは重要なことであり、また航海中に常に窓から景色が見えるのは魅力だ。それでも、よく考えてみれば、窓から景色が見えるのは出航の時だけだ。あとは、ただ水平線の海ばかりになる。陸地が見えた時は、甲板か展望室に行けば良い。急遽方針を変えて、船底の一番安い部屋と言う事にした。無駄にお金を掛けるより同じ予算で2度行けた方が満足度は高い。

豪華客船のクルーズでの楽しみは決して窓から見える景色ではない事に気が付いたわけだ。船内のアクティビティーや食べ物、パーティーを楽しまなくてはならない。中でも、食事はその重要な部分を占める。船長主催のフォーマルディナーあり、カジュアルダイニングあり、ナイトバーもある。クルーズではこれが部屋の料金とは関係なく全て料金に含まれており、基本的に全部食い放題飲み放題になる。船底の安い部屋に陣取り、たらふく豪華に食うというのはお得としか言いようが無い。そう、安い窓なし部屋で豪華客船に乗る。これが、私のやりたい旅なのだ。

問題は航海が何日も続くことである。そう何日もたらふく食うわけにもいかない。飽きてくるし、第一それではメタボになる。料理の内容は豪華と言っても料金に見合ったものであるとも限らない。やはり、材料を船に乗せて運ぶのであり、新幹線の弁当のように、地上の相場から見れば割高になることは否めない。帝国ホテルのバイキングランチのような豪華な料理も5000円程度だからクルーズの食事よりもよほど安い。豪華な食事を楽しむと言うことであれば、クルーズよりも都内の豪華ホテルだ。何日も続くわけではないのでメタボの心配も少ない。クルーズの計画を考えて来たのだが、景色が問題で無ければ、豪華な料理こそが重要である。そう、ホテルダイニング。計画を大きく変えることになるが、これこそ私がやりたかった事なのである。

一流ホテルの食事には雰囲気がある。器も凝っているし、ウエイターの物腰もちがう。こういう所で食べることこそ最高の贅沢と言える。はっきり言ってこちらの方が燃料や運転に経費がかかるクルーズよりも内容的に上なのは当然である。しかし、雰囲気というのもタダで出来るものではない。だからその、分食材などにかけるお金は少なくなるのはやむを得ない。ホテルというのは人を泊めるところであり、お料理を実質として楽しむなら、むしろ料理を本業とするところがいいに決まっている。専門のレストランで5000円出せば帝国ホテルのバイキングよりもはるかに内容のある食事ができる。そう、レストラングルメ。また計画を変えることになるが、これこそ私がやりたかった事なのである。

雰囲気に惑わされてはいけない。レストランは純粋に味である。外見がどうあろうが、汚らしく見えようが、とにかく味が良ければいい。しかし、この味というものは一筋縄にはいかないもので、単に料理の材料や作り手の手腕だけでなく、食べる側の体調とかにまで依存してしまう。おふくろの味などと言うことをいうが、人間は慣れた味をうまいと感じるものである。妙に豪華なものよりも慣れた味というのが一番落ち着く食べ物なのである。物事は本質を突かねばならない。私が計画を立て、やろうとしている事の本質はいったい何なのだろうか。ここまで考えた私は思いついてしまった。そうだ、ラーメンを食いに行こう。また計画を変えることになるが、これこそ私がやりたかった事なのである。

こうして私のクルーズ計画は、今日も横丁の珍来軒にラーメンを食べに行くことで落ち着いてしまった。

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